ライト文芸キャラ文芸
文学を翻訳することの困難さ
【感想】売野機子『ロンリープラネット』
「まったく男って生き物はどーして……」
電子書籍「月刊ジェイムズ・P・ホーガン」
最近気づいたのだが、ハードSFの巨匠ジェイムズ・P・ホーガンの電子書籍版が東京創元社から昨年12月以来ほぼ毎月刊行されている。
彼の名をSF界に知らしめた〈巨人〉三部作は既に刊行済みで、今のところ7月31日刊行の『量子宇宙干渉機』までとなっている、『造物主の掟』とその続編は未定。
登場人物の造形は平板で今ひとつだが、80〜90年代の最新科学に基づいて往年のSFをリファインしたような「これぞSF」といった名品佳品ばかり。古典SFが古くさくてピンとこない人にこそお勧めの作家だ。
SF/ファンタジーの受賞作品
ヒューゴー、ネビュラ、ローカスの3賞+アーサー・C・クラーク賞、世界幻想文学大賞あたりは毎年おさえて翻訳出版してほしいところ。
ミリタリSFなどシリーズ物が安定的な売上げに必要な事情はわかるがシリーズものばかりというのも味気ない。あとPKD賞は地雷が多…うわ何をする
閑話休題。それというのも、自分が好きなジャック・マクデヴィットがこの20年でネビュラ賞を10回以上ノミネートされているのに翻訳されたのはSeeker(『探索者』)だけという何この不遇。
- 作者: ジャック・マクデヴィッド,John Harris,金子浩
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2008/10/23
- メディア: 単行本
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【感想】テッド・チャン『あなたの人生の物語』
寡作で知られる中国系アメリカ人作家の短編集。
以前購入して半分ほど読んでいたのだが、先日出版されたケン・リュウ『紙の動物園』の巻末解説でも触れられていたので、通して再読。
以下、読書メーターより一部改変
バビロンの塔
「あんたらかい、空の丸天井に穴を堀りにきたのは?」
「そうだよ」
シナル(シュメール)の地、都バビロンに高くそびえる塔。遠くエラムの地から同僚とともにやって来た鉱夫ヒラルムはその塔に上り天の丸天井を目にする。
徒歩で上るのに四ヶ月かかる塔とそこで働く職人たちの奇妙な社会、天の境目の描写は読者の認識を超えるのに、目に浮かぶよう。一見ファンタジー色の強い作品だがこうした〈もう一つのリアリティ〉を創造する試みはまぎれもなくSFのものと感じた。
理解
事故で脳に損傷を負った「わたし」は神経を再生する最新の療法を受けたことで高い知能を得る。思考の仮想機械化と人工言語によるリプログラミング。身振りと超越言語による超人類同士の戦い。
ゼロで割る
本作で取り上げられるのは数学だが最先端科学はしばしば一般人の直観的理解を超えることがある。本作ではそれを逆手にとって現実を否定するかの事実に直面した数学者の孤独を描く。
あなたの人生の物語
言語はそれぞれの世界観や思考のあり方を規定するが、それが時間感覚にまで及ぶとどうなるか。異星人とのファーストコンタクト物語にとどまらずコミュニケーションの過程がもたらすのは世界の変容ではなく個人的体験というのが著者らしい。
七十二文字
架空のヴィクトリア朝が舞台。スチームパンクをはじめ「もう一つの近代」に材を採る作品は数あるものの、本作はその奇想・アイデアで抜きんでる。〈名辞〉によって動く陶器製のオートマトンはチューリングの論理機械を彷彿とさせ、キュヴィエの天変地異説や自然発生説など我々の世界では否定された生命原理が支配する世界。やや唐突に話が終わるのも著者らしい。
人類科学の進化
人類を超える超人類が生まれた時、我々の学術研究はどうなるか、ワンアイデアで皮肉なユーモアに満ちた小品。
地獄とは神の不在なり
旧約聖書の神を彷彿とさせる神が実在し地上に天使と堕天使が降臨する世界。「ヨブ記」の結末に不満を抱いたことが本作執筆の動機とのことだが、自然がときに見せる苛烈さと信仰のアナロジーとして捉えれば我々日本人の世界観にもそう遠くない。
顔の美醜について:ドキュメンタリー
顔の善し悪しを無視するような脳神経学的処置〈カリー〉をめぐる関係者へのインタビュー形式。アイロニカルなユーモアとして読んだが、解題によると作者は割と真剣にとらえておりハッとする。こうした解釈のギャップもまた楽しい。
ベストは「バビロンの塔」「地獄とは神の不在なり」だろうか。
哲学的命題をSF的方法を用いて幻想的に語ることのできる希有な才能。
【感想】佐藤多佳子『シロガラス』1〜3
親戚の子どもに買ってあげたのだが、年齢的にやや早過ぎた(小学校低学年)ので自分で読むことにしたもの、児童文学もなかなか面白い。
作者は高校陸上部が舞台の『一瞬の風になれ』をはじめとする青春小説で有名だが、もともと児童文学でデビューしたということで、初のファンタジー作品で原点回帰といったところ。
白烏神社の神事である子ども神楽、その担い手として神社で生まれ育った千里や星司に、新たに礼生たち4人の同級生が加わることに——
児童文学としては(おそらく)珍しい(大人を含めた)多数の視点で語られる群像劇。
性格も学校での立ち位置も各人各様の6人の少年少女たち。単なる良い子でも無くかといって悪い子でも無い、ごく普通のしかし個性的な子供たちとして描かれる彼らの姿は社会性を帯びつつある学校での振る舞いも含めてリアリティを感じさせる。
物語の幕開けとなる本作ではやや丁寧過ぎると感じられるほど彼らの日常が描かれる。まだるっこしさを感じなくもないが、それは大きく変化していくと思われる今後の物語の基礎固めとして必要なプロセスなのだろう。
鶴田謙二の手になる美麗な表紙イラストでは千里が前面に描かれているが、物語では6人の少年少女みなが動揺の重みで描かれる群像劇である。敢えてこうした紙幅をとる形式としたのは登場人物の好き嫌いで物語を読みがちな子どもたちに受け入れられるための創作上の試みだとするとなかなか興味深い。
青い光を帯びた星明石(ほしあかりのいし)に触れ失神した少年少女たち。それ以来彼らの周りで不思議な現象が起こるが……
武術が得意で男っぽくさっぱりした性格の千里、生き物好きでマイペースな星司、甘えん坊で気が弱いところのある美音、クラスのボス的存在で負けず嫌いだが母親には逆らえない礼生、クールでお洒落だがどこか斜に構えた有沙、理科や算数で才能を見せるが運動はからっきしな数斗——と、個性的な6人が副題のとおり能力の「めざめ」に対してときに動揺しときに冷静さを見せそれぞれの外面ではわからない内面性が深掘りされていく。
「能力」に直面し、彼らが驚き恐れそれをどう扱ってよいかわからず戸惑う様子を見るとそれは「成長」のメタファーなのかもしれない。
超常的体験の中で能力の秘密が少年少女たちに告げられる。ある者は能力を理解しようと試み、ある者は恐れ躊躇するものの少しずつ行動を始める。
能力と向き合っていく過程では6人の少年少女の内面に変化が生じ、秘密を共有することで彼らの関係が変化してゆく。
そうした過程は巧みで読ませるが、あくまで目線が子ども達なので物語の方向性がなかなか明かされ、もどかしく思っていたところ本作の最後でやや唐突に衝撃的事実が明らかになる。続刊は今年中とのことだが物語の加速を期待したい。