冷蔵庫にはいつもプリンを

小説の感想や本に関する話題。SF、ファンタジー成分多め、たまにミステリ、コミック

ファンタジーと食

『異世界居酒屋「のぶ」』や『異世界食堂』などネット発小説を中心に「食」をテーマとするファンタジーが新たなジャンルとして注目されているが、このエントリでは一般的な(=食をメインモチーフとしない)ファンタジーにおける食も含めて考察している。※Twitterの再利用です。

 

今回の議論の発端(togetter

togetter.com

 

より広い範囲で議論を扱ったまとめ、やや長い。

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 ファンタジーにおける「食」問題は、簡単に言うと作品内の整合性やリアリティの問題と捉えることができる。代表的な議論として中世ヨーロッパ風の世界にジャガイモ、トマト、唐辛子など新大陸起源の食材を出すことの是非がある。

 問題が複雑なのはファンタジー世界はある意味現実のアナロジー(相似物)であるため読者に想像できないようなまったく未知の事物を出すことは現実的ではない。これがたとえばSFなら生物のエネルギー源や食物連鎖のシステム自体がテーマとなりうる。

 つまるところ我々のよく知る食材を異化と同化の効果バランスをとりつつ、いかに自然に表現できるかということになるだろう。

 例をあげると九井諒子のファンタジーコミック『ダンジョン飯』では作品世界独自の食材に混じって普通に「オリーブ油」などが出てくるがそれほど違和感を感じない、この世界でも育成が容易で製造が容易なオリーブ油が一般的であることがさらりと語られるのもスマート。

 

 2015年の本屋大賞『鹿の王』や〈守り人〉シリーズで知られる上橋菜穂子ファンタジー小説には芋や麦などありふれた食材を用いた土地の料理が多様な文化のイコンとしてさりげなく使われる。

 

 一歩進めた表現を感じたのはネット発の支援BIS『辺境の老騎士』である。本作に登場する食材は耳慣れないものだが出てきた料理は我々の知る「たまごかけご飯」だったり「鮎の塩焼き」だったりを彷彿とさせる。文章だけで伝わるこの「発見」がおもしろい。

辺境の老騎士 1<辺境の老騎士>

辺境の老騎士 1<辺境の老騎士>

 

 

 他方、こうした「異世界の食」がうまく伝わらない作品というのは、現代の我々の食が史上類をみないシステムに支えられていることに無自覚なことが多い。トマトやジャガイモがリアルかどうかは本質的な問題ではないと思う。

 近現代の食の背景には多かれ少なかれ遺伝子改良、種苗管理、機械化農業、冷凍保存、遠距離物流、加工技術による味の均質化といった技術・社会システムが存在する。こうしたシステムを暗黙の前提とするような「食」を無自覚に異世界に持ってきてしまうと読者は、どことは指摘できないものの作品世界のリアリティに違和感を感じてしまうのだと思う。

 和ヶ原聡司のライトノベルはたらく魔王さま』がおもしろいのは前近代的な異世界からやってきた主人公たちが、現代日本の高度なシステムに支えられたファストフード店ではたらくことで自らの世界の未来を考えるきっかけになるところ。両者の差異がしっかりと作品に活かされている。 

 

で結論は…

 

食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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