冷蔵庫にはいつもプリンを

小説の感想や本に関する話題。SF、ファンタジー成分多め、たまにミステリ、コミック

【感想】高山 羽根子『うどん、キツネつきの』

「そう、読む人が文字だって思えば、傷だって文字でしょ」(「シキ零レイ零 ミドリ荘」) 

 著者のデビュー作となる短編集。淡々と語られる日常にそっとしのびこませたSFともファンタジーとも判別しかねる独特の味わい。作品にも共通するのは世界ではなく人生の不思議を語ること、あえて言うと「怖くないホラー」だろうか。

 

うどん キツネつきの (創元日本SF叢書)

うどん キツネつきの (創元日本SF叢書)

 

うどん、キツネつきの

和江と美佐の姉妹は学校からの帰り道、ゴリラの大きな立体看板のあるビルの屋上で産褥の血にまみれた生後間もない生き物を見つける。〈うどん〉と名付けられたその「犬」とともに過ぎていく三姉妹の人生。予想外のラストはまさにキツネにつままれたような気分になる。英語題名は"Unknown Dog of Nobody"

シキ零レイ零 ミドリ荘

古いアパートの大家である祖母と暮らすミドリとそれをとりまく人々。隣に住む同級生のキイ坊、ホラ吹きで周囲に面倒ばかりかけているが憎めない篠田のおっちゃん、ベトナムから来た背が高く美人だが何でも信じてしまうグェンさん、落書きの文字や虫が食った跡にも深淵な意味を求めてしまう大学生のタニムラ青年、部屋から一歩も出ることなくネットショッピングの宅配で暮らし顔文字で会話するエノキ氏、おしゃべりで明るい中国人の王さん、一癖も二癖もある変な住人達との毎日——。
ファンタジー色があるのはタニムラ青年の「キクイムシ」のエピソード、あとはまるで「じゃりン子チエ」のようなコミカルでちょっとズレた日常が描かれる。どこかおかしくも楽しい日常もいつか終わりが来る、ミドリとキイ坊が夜にパチンコ店のサーチライトを見に行くエピソードに胸がじんとする。英語題名”Malnova Domo”とはエスペラント語で「古い家」

母のいる島

島に生まれ暮らす母を同じくする十六人のきょうだいはみな母親から受け継いだ能力と『レッスン』によるすぐれた技能を持っている。島を出て働いていた美樹は母の入院を機に島に帰ってくるが、母が十六人もの子どもを産んだ理由とは——。

テーマは「母性と生き伝えていくこと」とストレート。大家族の賑やかさが楽しいが、それが母の「不在」を一層感じさせる。英語題名”The Mother on the Slope Yomotsu”とは黄泉比良坂=死者の国のこととすれば「死の床にある母」という意味になる。

おやすみラジオ

タイトルはかわいいがホラー色が強い作品。絵手紙教室で老人たちに教える比奈子が偶然ネットで見つけたブログには、小学生と思しきタケシとその友だちが「ラジオ」と呼ぶ機械を見つけ図書館のロッカーに隠したことが日記形式でつづられていた——。

ネットで広がっていく「ラジオ」というのは比奈子の父親が言った百科事典の「嘘の言葉」と同じものだろうか。最後にほのめかされる噂の実体は空虚そのものなのだが、そこに何か意味を付与しようとするのは人間の性質のように思える。

英語題名”Radio Meme”は「ラジオのミーム」本作のテーマを直截に表している。

 巨きなものの還る場所

「大きなものには魂がやどる」ねぶたに惹かれ島根から青森にやってきた市哉と若き天才ねぶた師の那美。昭和初年、岩手で軍用馬を育てる和吉と伊作、伊作の姉と天翔る神馬〈太夫銀〉。京都の博覧会に出品された人造人間〈学天測〉、ドイツの古物商で分解された学天測の目玉を見つける医師(伊作の成長した姿だろうか)。出雲国風土記で語られる『国引』伝説とねぶた。大太郎法師(ダイダラボッチ)になぞらえた巨人タイタン神。東北出身の地球物理学者田中舘愛橘。マルク・シャガールの手になるバレエ『アレコ』の舞台背景画を観るために東北へと旅をする佳代とタダシュン。

これら複数のエピソード、多種多様なモチーフが最後に暴力的とも言える力を持ってひとつになるのは圧巻。

「前に言ったろう。人が身の丈に合わねえ大きいもの作ると命を持つって」
「ありゃ、想いだ」「自分の居場所と、一族を想う、想いだけがあって、それに、人間が身の丈に合わねえもんを……」

 複数のエピソードが生のまま放り込まれ最後に無理矢理一つにまとまっていくダイナミズムは「国引」を物語のかたちで再現したのだろうか。英語題名の”Conservatoire”はフランスにおける美術・音楽の学校のことだがどういう意味だろう。

 

個人的なベストは「シキ零レイ零 ミドリ荘」多種多様な登場人物と彼らの飄々とした会話が素晴らしい。一方で「巨きなものの還る場所」のすべてのプロットをあたかも一本の綱にまとめていくような力強さも捨てがたい。著者の今後の作品にも期待したい。