冷蔵庫にはいつもプリンを

小説の感想や本に関する話題。SF、ファンタジー成分多め、たまにミステリ、コミック

【感想】テッド・チャン『あなたの人生の物語』

寡作で知られる中国系アメリカ人作家の短編集。

以前購入して半分ほど読んでいたのだが、先日出版されたケン・リュウ『紙の動物園』の巻末解説でも触れられていたので、通して再読。

以下、読書メーターより一部改変

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

 バビロンの塔

「あんたらかい、空の丸天井に穴を堀りにきたのは?」

「そうだよ」

 シナル(シュメール)の地、都バビロンに高くそびえる塔。遠くエラムの地から同僚とともにやって来た鉱夫ヒラルムはその塔に上り天の丸天井を目にする。

 徒歩で上るのに四ヶ月かかる塔とそこで働く職人たちの奇妙な社会、天の境目の描写は読者の認識を超えるのに、目に浮かぶよう。一見ファンタジー色の強い作品だがこうした〈もう一つのリアリティ〉を創造する試みはまぎれもなくSFのものと感じた。

理解

 事故で脳に損傷を負った「わたし」は神経を再生する最新の療法を受けたことで高い知能を得る。思考の仮想機械化と人工言語によるリプログラミング。身振りと超越言語による超人類同士の戦い。

ゼロで割る

 本作で取り上げられるのは数学だが最先端科学はしばしば一般人の直観的理解を超えることがある。本作ではそれを逆手にとって現実を否定するかの事実に直面した数学者の孤独を描く。

あなたの人生の物語

 言語はそれぞれの世界観や思考のあり方を規定するが、それが時間感覚にまで及ぶとどうなるか。異星人とのファーストコンタクト物語にとどまらずコミュニケーションの過程がもたらすのは世界の変容ではなく個人的体験というのが著者らしい。

七十二文字

 架空のヴィクトリア朝が舞台。スチームパンクをはじめ「もう一つの近代」に材を採る作品は数あるものの、本作はその奇想・アイデアで抜きんでる。〈名辞〉によって動く陶器製のオートマトンチューリングの論理機械を彷彿とさせ、キュヴィエの天変地異説や自然発生説など我々の世界では否定された生命原理が支配する世界。やや唐突に話が終わるのも著者らしい。

人類科学の進化

 人類を超える超人類が生まれた時、我々の学術研究はどうなるか、ワンアイデアで皮肉なユーモアに満ちた小品。

地獄とは神の不在なり

 旧約聖書の神を彷彿とさせる神が実在し地上に天使と堕天使が降臨する世界。「ヨブ記」の結末に不満を抱いたことが本作執筆の動機とのことだが、自然がときに見せる苛烈さと信仰のアナロジーとして捉えれば我々日本人の世界観にもそう遠くない。

顔の美醜について:ドキュメンタリー

 顔の善し悪しを無視するような脳神経学的処置〈カリー〉をめぐる関係者へのインタビュー形式。アイロニカルなユーモアとして読んだが、解題によると作者は割と真剣にとらえておりハッとする。こうした解釈のギャップもまた楽しい。

 

ベストは「バビロンの塔」「地獄とは神の不在なり」だろうか。

哲学的命題をSF的方法を用いて幻想的に語ることのできる希有な才能。