冷蔵庫にはいつもプリンを

小説の感想や本に関する話題。SF、ファンタジー成分多め、たまにミステリ、コミック

2015年7月に読んだ本

 

例によって一ヶ月遅れのまとめ。

ギルバース『ゲルマニア』は第二次大戦時のベルリンを舞台にユダヤ人刑事がナチス親衛隊将校の特務で凶悪殺人犯を追うといういささか突飛ともいえる設定だが、連合軍の空爆下のベルリンの姿と常に生命の危険にさらされる主人公をリアルかつ重苦しく描き忘れられない作品となった。続編があるそうなので訳出に期待。

イーガン『ゼンデギ』は民主革命が達成された近未来のイランで主人公が亡き妻の残した息子を思う様に強く感情移入。先端的アイデアを用いたハードなSFで知られる作者だがこうした作品の機微も巧み。SF的なアイデアは近年よくとりあげられるようになったいわゆる「シンギュラリティ」と「意識のデジタルアップロード」だが、こうしたSFファンにはやや食傷的なモチーフを(過去の自作を含めて)幾分挑戦的に料理しているのもジャンルのトップランナーにふさわしく感じる。

他の追随を許さない読書コミック『バーナード嬢曰く。』読書に対し斜に構えることなる真摯に向きあう神林さんだからこそ『KAGEROU』のひたむきさに惹かれるのだろう。町田さわ子の読書に対するあさっての方向の努力にときに自らの姿を見出しハッとさせられるのも前巻同様。

まとめは17冊だがコミックを含めトータル49冊とコミックが多い。『新装版 ブラム!』、『アルスラーン戦記』、『パレス・メイヂ』、『ゴールデンカムイ』など。

2015年7月の読書メーター
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:4678ページ
ナイス数:578ナイス

ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)
先端的なアイデアで知られる作者のもうひとつの魅力は地に足のついた人物造形である。本作で扱われるアイデアは地味と受け取られるかもしれないがそこにテクノロジーを物語上のガジェットとして扱われることに対する批判を見て取った。アイデアはどれも現在のテクノロジーの延長線上にあるものだがそこから驚異を生み出しているのは作者の実力。ゼンデギ(Zendegi)はペルシャ語でLifeを意味するとのこと、これは仮想世界の生活とマーティンの人生のダブルミーニングとなっている。本作はまさに愛する者のために自らを遺そうと試みた「私の人生の物語」なのである。
読了日:7月28日 著者:グレッグイーガン
バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)
学校の図書室を舞台に遠藤くんが「バーナード嬢」こと町田さわ子を観察するスタイルではじまった本作だが、読者の共感を呼んだキャラは神林しおりだったのだろう。この巻では遠藤くんもさわ子同様にボケ役にまわり、おもに神林さん視点で話が進む。影の薄かった図書委員の長谷川さんも個性が出てきた。個人的にあるあると思ったのはお風呂での電子書籍読書の快適さ、ウケたのは「黒い表紙の本」そして『KAGEROU』とその作者斎藤智裕に対する熱い思いに心を揺さぶられた。
読了日:7月27日 著者:施川ユウキ
少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)
遠い未来とおぼしき巨大な都市の廃墟を二人の少女が旅をする、ただそれだけを描く作品だ。彼女らは何かを求めて旅をしているのか、虚無や不安に飲み込まれまいとあてのない旅を続けるのか。互いを信頼しのんびりと旅を続ける少女たちに時折、虚ろな絶望を垣間見てヒヤリとする。タイトルは「週末旅行」にかけたのだろうがこの旅には終わりがない。
読了日:7月24日 著者:つくみず
その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)感想
—混色にありったけの白を加えれば白になるかもしれない。でも白は混じり気がないから白なのであり— クリスマスイヴを迎える〈階段島〉島外から通販商品が届かなくなり動揺が広がる中、真辺はハッカーを、佐々岡はバイオリンのE線を、水谷は真辺に贈るクリスマスプレゼントを探す、そして七草は…佐々岡も水谷も理想の白として振る舞おうとするが挫折し立ち直る。それは変化も成長も期待できない島で起こった聖夜の奇跡なのかもしれない。本作は二人の救済の物語であり、それを助けるのは島の秘密を知る七草と〈物語〉から自由な真辺である。
読了日:7月21日 著者:河野裕
驚異の螺子頭と興味深き物事の数々驚異の螺子頭と興味深き物事の数々感想
合衆国大統領リンカーンの命を受け〈螺旋頭〉は執事ミスタア・グローインを伴いロケットでゾンビイ皇帝を追う。彼に盗まれたカラキスタン断章には古のパワーを秘めた宝玉の在処が記されているのだ……陰影とリアリティを失うギリギリまで単純化された線で表現された人物たち、闇と光が織りなす奇妙な物語は唐突に結末を迎えマザーグースやグリムに通じるナンセンスと不条理が余韻を残す。既存の物語から自由になったまさに驚異の物事を是非体験してほしい。表題作のほか古き良き時代のSFを思わせる「PRISONER OF MARS」も良い。
読了日:7月20日 著者:マイク・ミニョーラ
鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))感想
1960年代、青林堂「ガロ」誌に連載された「ゲゲゲの鬼太郎」異聞。鬼太郎は得意技をもたず人間的なモラルも無いが、そこにある種の自由さを感じるとともに異質な者の持つ薄気味悪さも感じる。 本作で鬼太郎がもつ不思議な力とはあの世とこの世の境界を自由に行き来する能力なのだが、それは作者自身の生と死のぎりぎりの境を生き残った体験から得た人間の生の本質なのかもしれない。読者も作者のメッセージを無意識に受け取り、生者の世界でいぎたなく振る舞う鬼太郎ねずみ男の姿に胸すき喝采をおくるのである。
読了日:7月16日 著者:水木しげる
もう年はとれない (創元推理文庫)もう年はとれない (創元推理文庫)感想
認知症の兆候、体力の衰え、伴侶の健康、生計、そして過去……「老い」とはそうした不安に常に晒されることである。シャッツは金塊を追うことで過去を精算し将来の不安にいくばくかの安寧を得ようとする。しばしば真実=老いに向き合ってないと批判されるがシャッツは頑なまでに己を変えない。本作の結末で読者はすべてを文字通り吹き飛ばすシーンを目にする。それがたとえ一時的なものに過ぎないとしてもそこに彼の真実があり、彼なりの人生の向き合い方だからである。主人公同様に年をとらざるを得ない我々読者もしばしそれを忘れさせてくれる。
読了日:7月16日 著者:ダニエル・フリードマン
アイヌ学入門 (講談社現代新書)アイヌ学入門 (講談社現代新書)感想
アイヌは白人それともアジア人?本州のアイヌ語地名はいつ誰がつけたの?東北のエミシ(蝦夷)はアイヌと同じ民族?アイヌはなぜ鮭や毛皮をとるだけで農業をしなかったの?アイヌはお金の価値がわからなかったのは本当?アイヌ語は日本語の方言が変化したもの?コロボックルの正体は何?イヨマンテ(クマまつり)の起源は?…これら諸々の疑問が解けるとともに北東アジアの歴史や文化について知見が広がる。文化は固有であっても決して孤立して存在するのではなく周辺文化とダイナミックに交流する過程で常に変化していくものなのだ。
読了日:7月15日 著者:瀬川拓郎
ゲルマニア (集英社文庫)ゲルマニア (集英社文庫)感想
1944年ドイツ帝国の首都ベルリン、ユダヤ人の元殺人課刑事オッペンハイマーはいつ何時連行されるかもしれない恐怖にドイツ人の妻とおびえる日々を過ごしていた。ある夜連行され猟奇殺人の遺体発見現場を目にする。彼はその経歴を買われSS大尉フォーグラーの下犯人を追う。…彼は命の危機に晒されながらも目前の事件を追うことを決してやめない。すでに刑事でなくなった時点で彼は緩慢に死に向かいつつあったのではないか。だからこそ犯人を追い己を取り戻していく彼に—それが一時の安寧であっても—希望を見い出さずにはいられないのである。
読了日:7月14日 著者:ハラルトギルバース
モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)感想
美術作品はそのまま予備知識なし鑑賞し楽しむ方法と歴史的背景を含めて画家の意図を理解する方法があると思うが本作は後者。タイトルに「美術史」とあるが歴史的な作風の移り変わりよりもそこに描かれる物や生き物=〈モチーフ〉が何を象徴しているかを解説する一種の事典といえる。鑑賞するだけに満足できなくなった人にとっては世界が広がると思う。カラー図版が豊富に収録されているわりには価格を抑えているのは良い。
読了日:7月11日 著者:宮下規久朗
闇の鶯 (KCデラックス 文芸第三出版)闇の鶯 (KCデラックス 文芸第三出版)感想
短編集「それは時には少女となりて」大島くんと渚が登場する〈粟木町〉もの。「六福神」や「帰還」(『妖怪ハンター水の巻』収録)と異なり大島くんが異界に引かれる。「人魚の記憶」結末が怖い。「描き損じのある妖怪絵巻」は稗田が登場、ムック企画作品とのことだが、他エピソードにない新鮮な雰囲気。表題作「闇の鶯」は山奥の土地を守る山姥とハッカー少年がパソコンを駆使して戦うという奇想天外な物語だが妙にユーモラスな側面も。「涸れ川」は初期作品の雰囲気をもつSFテイストを持った幻想譚。
読了日:7月10日 著者:諸星大二郎
諸星大二郎 『妖怪ハンター』異界への旅 (太陽の地図帖)諸星大二郎 『妖怪ハンター』異界への旅 (太陽の地図帖)感想
著者による南信州の奇祭の取材ルポと新作をメインにすえた〈妖怪ハンター〉シリーズ副読本。舞台探訪や装飾古墳や鳥居といった作中で用いられるモチーフの写真入り解説、さらには全28エピソードの作者コメントと60ページあまりに充実の内容で同作ファンは必携。インタビューでは「妖怪ハンター」のタイトルが好まなかった理由や主人公を民俗学者ではなく考古学者とした経緯など創作の秘密も明らかに。書き下ろし「雪の祭」稗田と随行記者が山奥の村に伝わる祭を取材するもので、実際のルポとリンクし入れ子構造を成すのがおもしろい。
読了日:7月10日 著者:
スチームパンク・バイブル (ShoPro Books)スチームパンク・バイブル (ShoPro Books)感想
SF・ファンタジー小説サブジャンルとして起こり、今や映像作品やコミック、アート、ファッションに広がる〈スチームパンク〉を豊富な図版で紹介する。その名称の元ネタである〈サイバーパンク〉同様に80年代に起こった運動としてではなくポーやヴェルヌの作品や挿絵、19世紀に想像された未来像の延長線上に位置づける点は重要と感じる。映像作品の紹介では日本の作品も『ハウルの動く城』は手放し絶賛、国内では低評価『CASSHERN』もそこそこ、ハリウッド産『ワイルド・ワイルド・ウエスト』は支離滅裂と酷評しているのは面白い。
読了日:7月10日 著者:ジェフ・ヴァンダミア,S・J・チャンバース
AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)感想
何かと話題の人工知能(AI)について機械学習/ディープラーニングの技術や、ロボットや自動運転などその応用領域をわかりやすく概観する。タイトルや見出しは鬼面人を威すが内容は堅実でとりあえず知りたいという人は1章の概論、2章のAI開発の歴史と技術的背景を読み、興味ある分野についてより専門的な書籍にあたれば良いだろう。シンギュラリティのような荒唐無稽な話に寄りかからない内容は好感がもてる。電王戦やDARPAロボティクスチャレンジ、ペッパー、インダストリー4.0、コンピュータによる作曲などトピックは豊富。
読了日:7月8日 著者:小林雅一
スター・ウォーズ ターキン 下 (ヴィレッジブックス)スター・ウォーズ ターキン 下 (ヴィレッジブックス)感想
上巻は銀河帝国の秩序に挑戦する謎の敵を示唆しつつもターキンの少年時代や惑星コルサントでの皇帝とのやりとりに紙幅を割き、もどかしい思いもしたが、下巻冒頭で早くも〈キャリオン・スパイク〉を奪った反体制派の正体が明らかになり物語も加速する。ターキンはその距離を測り難いベイダーとコンビを組み奪われた船を追跡するのだが、犯罪組織から接収した船に乗り込み操縦する様子はまるでハン・ソロ船長とチュー・バッカを思わせる。実行犯の正体と隠された動機に迫る過程はミステリ仕立てなのも退屈しない。
読了日:7月7日 著者:ジェームズ・ルシーノ
スター・ウォーズ ターキン 上 (ヴィレッジブックス)スター・ウォーズ ターキン 上 (ヴィレッジブックス)感想
〈エピソード4〉においてデス・スター司令官としてダース・ベイダーに負けぬ存在感を残したモフ・ターキン。本作は彼がどのような生い立ちを経て銀河帝国の総督〈モフ〉に至り、そこからどのようにしてその頂点に立つ〈グランド・モフ〉となったのかを描く。とメインストーリーはおいても〈帝国の逆襲〉にも登場した瞑想室を船に持ち込む際にぶつけられ、ベイダーが部下のトルーパーに怒るシーンがあったり、銀河皇帝がベイダーとターキンの二人の連携を強めようとあれこれ気にかけるのが妙にほほえましい。
読了日:7月5日 著者:ジェームズ・ルシーノ
美森まんじゃしろのサオリさん美森まんじゃしろのサオリさん感想
伝奇仕立ての連作ミステリ、舞台となる近未来(おそらく2025年頃だろう)を都市ではなく田舎とするのは新鮮だ。生き方に不器用な男性主人公に謎めいたお姉さんというコンビはよくあるパターンだが、土地神に絡めた「怪事件」を解決するたびに二人の仲が少しずつ接近していき詐織の頑なな心もほぐれていくのはほほえましい。難を言えば性格も素性も異なる二人が「町立探偵」となった動機づけ、猛志は詐織に惹かれているものの流されるまま行動をともにする姿は説得力を欠く。連載作品の制約にせよ単行本化の際に補完してほしかったところだ。
読了日:7月3日 著者:小川一水

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