冷蔵庫にはいつもプリンを

小説の感想や本に関する話題。SF、ファンタジー成分多め、たまにミステリ、コミック

SFと物語

Twitter 恒例のSF議論、2015年10月25日のこと。

togetter.com

 日曜午後に神田古本まつりのイベントで「中高生にすすめたいSF」をテーマにビブリオバトルが行われた。観客の投票による優勝がガンダムのコンセプトアート集 「MEAD GUNDAM」だったことからミステリー作家が苦言を呈する。

 

 これに呼応するかたちで議論が起こる。当初は「物語(を好くこと)を免罪符にしている」「SFに物語はいらない」「世界観とギミック」「設定だけで想像力を喚起し楽しめる、むしろ設定を理解するのに物語は邪魔」と猛反発が。

 「物語を必要としない」作品の例としてあげられていたのはシュテュンプケ鼻行類』やディクソン『アフターマン』『フューチャー・イズ・ワイルド』あたり。

 

鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 (平凡社ライブラリー)

鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 (平凡社ライブラリー)

 

 

フューチャー・イズ・ワイルド

フューチャー・イズ・ワイルド

 

 その後あがったものは、H・P・ラブクラフトの『狂気の山脈にて』『時間からの影』、オラフ・ステーブルドン『スターメイカー』、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』、ル=グィン『オールウェイズ・カミングホーム』変わったものではポール・クルーグマンの論文「恒星系間貿易の理論」、そしてなんといってもスタニスワフ・レム『完全なる真空』と『虚数が。

 

伝奇集 (岩波文庫)

伝奇集 (岩波文庫)

 

 

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)

完全な真空 (文学の冒険シリーズ)

 

 

 その後はお定まりのSF批判に対する反発とSFの定義の幅についての議論が延々と続く。

さて

 「SFは物語を必要としない」(要らないとは言っていない)が多数だったことには正直驚いた。

 レムのような文学的実験を除くと、ここであがったものはいわゆる50年代のSFに代表される(登場人物の個性が希薄な)いわゆるアイデアストーリー、あるいは語り手一人語りで展開する物語という共通点があるように思われる。自分自身はここでいうところの物語—主観人物の一人語りではなく登場人物たちの相互作用の物語と言い換えても良い—があればSF的な設定や世界観が多少手垢にまみれたものでも楽しめる。その意味ではこの議論で主流となっているようなSFファンではないのかもしれない。

 総じて「SFに物語は不要か」「SFに物語が無い設定のみの作品が成立するか」というのは、空想的な議論のための議論に思える。

 SFは多かれ少なかれ未知を扱う文芸である。それらにおいては物語がテーマ性を重視するかドラマとしてのカタルシスを重視するかを論じる方が現実的ではないだろうか。

ファンタジーと食

『異世界居酒屋「のぶ」』や『異世界食堂』などネット発小説を中心に「食」をテーマとするファンタジーが新たなジャンルとして注目されているが、このエントリでは一般的な(=食をメインモチーフとしない)ファンタジーにおける食も含めて考察している。※Twitterの再利用です。

 

今回の議論の発端(togetter

togetter.com

 

より広い範囲で議論を扱ったまとめ、やや長い。

togetter.com

 

 ファンタジーにおける「食」問題は、簡単に言うと作品内の整合性やリアリティの問題と捉えることができる。代表的な議論として中世ヨーロッパ風の世界にジャガイモ、トマト、唐辛子など新大陸起源の食材を出すことの是非がある。

 問題が複雑なのはファンタジー世界はある意味現実のアナロジー(相似物)であるため読者に想像できないようなまったく未知の事物を出すことは現実的ではない。これがたとえばSFなら生物のエネルギー源や食物連鎖のシステム自体がテーマとなりうる。

 つまるところ我々のよく知る食材を異化と同化の効果バランスをとりつつ、いかに自然に表現できるかということになるだろう。

 例をあげると九井諒子のファンタジーコミック『ダンジョン飯』では作品世界独自の食材に混じって普通に「オリーブ油」などが出てくるがそれほど違和感を感じない、この世界でも育成が容易で製造が容易なオリーブ油が一般的であることがさらりと語られるのもスマート。

 

 2015年の本屋大賞『鹿の王』や〈守り人〉シリーズで知られる上橋菜穂子ファンタジー小説には芋や麦などありふれた食材を用いた土地の料理が多様な文化のイコンとしてさりげなく使われる。

 

 一歩進めた表現を感じたのはネット発の支援BIS『辺境の老騎士』である。本作に登場する食材は耳慣れないものだが出てきた料理は我々の知る「たまごかけご飯」だったり「鮎の塩焼き」だったりを彷彿とさせる。文章だけで伝わるこの「発見」がおもしろい。

辺境の老騎士 1<辺境の老騎士>

辺境の老騎士 1<辺境の老騎士>

 

 

 他方、こうした「異世界の食」がうまく伝わらない作品というのは、現代の我々の食が史上類をみないシステムに支えられていることに無自覚なことが多い。トマトやジャガイモがリアルかどうかは本質的な問題ではないと思う。

 近現代の食の背景には多かれ少なかれ遺伝子改良、種苗管理、機械化農業、冷凍保存、遠距離物流、加工技術による味の均質化といった技術・社会システムが存在する。こうしたシステムを暗黙の前提とするような「食」を無自覚に異世界に持ってきてしまうと読者は、どことは指摘できないものの作品世界のリアリティに違和感を感じてしまうのだと思う。

 和ヶ原聡司のライトノベルはたらく魔王さま』がおもしろいのは前近代的な異世界からやってきた主人公たちが、現代日本の高度なシステムに支えられたファストフード店ではたらくことで自らの世界の未来を考えるきっかけになるところ。両者の差異がしっかりと作品に活かされている。 

 

で結論は…

 

食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

コミック電子書籍の表示品質

 
きっかけはKindle平本アキラ俺と悪魔のブルーズ講談社)を読んでいたときのこと。
TVアニメにもなった『監獄学園』の万人好みの絵柄とは異なるアクの強いキャラクターとそれに良く合う力強い描線に圧倒されるが、読んでいて「あれ、これ画質が粗いんじゃね?」と気づく。本作はセリフが少ない割にルビのついたネームが多いのだが、これが潰れて判別不能なところがところどころに。気になり始めるとせっかくの作品に集中できない。
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上画像の赤で囲んだ箇所を拡大表示したもの。
なおサンプルはすべて iPad Retina Display(1536x2048, 264ppi)で1ページを縦に表示したものを取得した。

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おわかりだろうか。ppiの低いPC(23インチのフルHDで約96ppi)の画面で見るとやや強調されてしまうが、ネームは画数の多い漢字がボケてルビは読めるか読めないかといったところ。力強い描線もかすれてしまっている。

そこで他の作品も調べてみることにした。同じ出版社で別媒体(別冊マガジン)の荒川弘アルスラーン戦記(3)』を見る。
 
クリックすると赤枠内を100パーセントで表示します。
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荒川作品は全体にクリアな描線で書き込みはしっかりしている割にコントラストのはっきりした線と緻密だが見やすい背景が特徴だが、やはりどことなくぼやけている。

電子書籍なんてどれもこんなものじゃないの?」と思うだろうが比較のためもうひとつ別の出版社を見ていく。

KADOKAWAエンターブレイン

まずは今年の話題作、九井諒子『ダンジョン飯(2)』から。

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文字のクリアさは比較にならないし、微妙なタッチの描線も再現されている。同じスペックのビューアで見たとは思えない。

同じくもう一作品。緻密で繊細な衣装の描きこみで定評のある森薫乙嫁語り(7)』。

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さすがに若干つらいところはあるものの水準はクリアしていると感じる。
エンターブレインからもうひとつ、緻密な背景で独特の世界を構築する樫木祐人『ハクメイとミコチ(3)』。太めの描線は若干もっさりとしてしまっているがフキダシのセリフはきれいに読める。
 
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集英社

集英社からもグルメとバトルというユニークな着想が注目の野田サトル『ゴールデンカムイ(3)』。
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これは意外。きれいに見えるのだが実際には描線が結構劣化している。
もう少し調べてみたいが私の電子書籍ライブラリには集英社作品がほとんど無い。比較ができないためあくまでご参考としていただきたい。 

小学館

坂道のアポロン』の小玉ユキの最新作『月影ベイベ(4)』
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 同じく小学館の歴史ロマン、伊藤悠シュトヘル(2)』。
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スクエア・エニックス

こんどはスクエアエニックスヤングガンガンで好評連載中のSFアクション岩原裕二『ディメンションW』
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躍動感のある人物タッチが特徴なのでドットが細かいと粗さが目立つものの描線やネームの判別は水準をクリアしていると感じる。

白泉社

最後は白泉社久世番子『パレス・メイヂ』。多くの少女マンガにも見られるように、この作品の場合は線が細く画面がすっきりしていることで粗さのないきれいな表示となっていると感じる。
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講談社

最後にふたたび講談社を見ていく。

安彦良和『天の血脈(6)』。アニメーション作家出身の著者が描く人物の線はその緩急も含めて超絶技巧なのだが、線がかすれて残念な結果になってしまってもそれが味になっているのが皮肉だ。

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同様に人物造形と妙な会話に特徴のある沙村 広明『波よ聞いてくれ〈1〉』これは結構惨憺たるものだと思う。
 
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鈴木央七つの大罪(10)』うん、これもぼけているなあ。
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岩明均ヒストリエ(9)』これはそれほどボケが目立たない。だんだんわからなくなってきた。
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まとめ

講談社電子書籍は少し粗いんじゃないの?」ということである。現状のディスプレイや表示技術では紙の本同様のクオリティは困難としても、今回確認した中には明らかに作品の固有の味わいを損なっていると感じる作品がある。
 
他社はサンプル数が少ないのでそれぞれの出版社について確定的なことは言えないものの、講談社とそれ以外を比較すると明らかに前者が見劣りするのである。
原因はわからない。出版社間で品質に差があるということは入稿からデジタル化するプロセスで何か問題があるのかもしれない。いずれにせよアフタヌーン/別マガ作品を中心に講談社作品のファンとしては改善をお願いしたいものである。
 
電子書籍はスペースをとらない、タブレット端末などで持ち出してどこでも読める、といった利点はあるものの、ことコミックに関しては現状は紙の本に軍配が上がりそうである。これを読んだみなさんもご自分の電子書籍ライブラリの作品について表示品質を確認してはいかがだろうか。

2015年7月に読んだ本

 

例によって一ヶ月遅れのまとめ。

ギルバース『ゲルマニア』は第二次大戦時のベルリンを舞台にユダヤ人刑事がナチス親衛隊将校の特務で凶悪殺人犯を追うといういささか突飛ともいえる設定だが、連合軍の空爆下のベルリンの姿と常に生命の危険にさらされる主人公をリアルかつ重苦しく描き忘れられない作品となった。続編があるそうなので訳出に期待。

イーガン『ゼンデギ』は民主革命が達成された近未来のイランで主人公が亡き妻の残した息子を思う様に強く感情移入。先端的アイデアを用いたハードなSFで知られる作者だがこうした作品の機微も巧み。SF的なアイデアは近年よくとりあげられるようになったいわゆる「シンギュラリティ」と「意識のデジタルアップロード」だが、こうしたSFファンにはやや食傷的なモチーフを(過去の自作を含めて)幾分挑戦的に料理しているのもジャンルのトップランナーにふさわしく感じる。

他の追随を許さない読書コミック『バーナード嬢曰く。』読書に対し斜に構えることなる真摯に向きあう神林さんだからこそ『KAGEROU』のひたむきさに惹かれるのだろう。町田さわ子の読書に対するあさっての方向の努力にときに自らの姿を見出しハッとさせられるのも前巻同様。

まとめは17冊だがコミックを含めトータル49冊とコミックが多い。『新装版 ブラム!』、『アルスラーン戦記』、『パレス・メイヂ』、『ゴールデンカムイ』など。

2015年7月の読書メーター
読んだ本の数:17冊
読んだページ数:4678ページ
ナイス数:578ナイス

ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)ゼンデギ (ハヤカワ文庫SF)
先端的なアイデアで知られる作者のもうひとつの魅力は地に足のついた人物造形である。本作で扱われるアイデアは地味と受け取られるかもしれないがそこにテクノロジーを物語上のガジェットとして扱われることに対する批判を見て取った。アイデアはどれも現在のテクノロジーの延長線上にあるものだがそこから驚異を生み出しているのは作者の実力。ゼンデギ(Zendegi)はペルシャ語でLifeを意味するとのこと、これは仮想世界の生活とマーティンの人生のダブルミーニングとなっている。本作はまさに愛する者のために自らを遺そうと試みた「私の人生の物語」なのである。
読了日:7月28日 著者:グレッグイーガン
バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)
学校の図書室を舞台に遠藤くんが「バーナード嬢」こと町田さわ子を観察するスタイルではじまった本作だが、読者の共感を呼んだキャラは神林しおりだったのだろう。この巻では遠藤くんもさわ子同様にボケ役にまわり、おもに神林さん視点で話が進む。影の薄かった図書委員の長谷川さんも個性が出てきた。個人的にあるあると思ったのはお風呂での電子書籍読書の快適さ、ウケたのは「黒い表紙の本」そして『KAGEROU』とその作者斎藤智裕に対する熱い思いに心を揺さぶられた。
読了日:7月27日 著者:施川ユウキ
少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)
遠い未来とおぼしき巨大な都市の廃墟を二人の少女が旅をする、ただそれだけを描く作品だ。彼女らは何かを求めて旅をしているのか、虚無や不安に飲み込まれまいとあてのない旅を続けるのか。互いを信頼しのんびりと旅を続ける少女たちに時折、虚ろな絶望を垣間見てヒヤリとする。タイトルは「週末旅行」にかけたのだろうがこの旅には終わりがない。
読了日:7月24日 著者:つくみず
その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)その白さえ嘘だとしても (新潮文庫nex)感想
—混色にありったけの白を加えれば白になるかもしれない。でも白は混じり気がないから白なのであり— クリスマスイヴを迎える〈階段島〉島外から通販商品が届かなくなり動揺が広がる中、真辺はハッカーを、佐々岡はバイオリンのE線を、水谷は真辺に贈るクリスマスプレゼントを探す、そして七草は…佐々岡も水谷も理想の白として振る舞おうとするが挫折し立ち直る。それは変化も成長も期待できない島で起こった聖夜の奇跡なのかもしれない。本作は二人の救済の物語であり、それを助けるのは島の秘密を知る七草と〈物語〉から自由な真辺である。
読了日:7月21日 著者:河野裕
驚異の螺子頭と興味深き物事の数々驚異の螺子頭と興味深き物事の数々感想
合衆国大統領リンカーンの命を受け〈螺旋頭〉は執事ミスタア・グローインを伴いロケットでゾンビイ皇帝を追う。彼に盗まれたカラキスタン断章には古のパワーを秘めた宝玉の在処が記されているのだ……陰影とリアリティを失うギリギリまで単純化された線で表現された人物たち、闇と光が織りなす奇妙な物語は唐突に結末を迎えマザーグースやグリムに通じるナンセンスと不条理が余韻を残す。既存の物語から自由になったまさに驚異の物事を是非体験してほしい。表題作のほか古き良き時代のSFを思わせる「PRISONER OF MARS」も良い。
読了日:7月20日 著者:マイク・ミニョーラ
鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))鬼太郎夜話 (ちくま文庫 (み4-16))感想
1960年代、青林堂「ガロ」誌に連載された「ゲゲゲの鬼太郎」異聞。鬼太郎は得意技をもたず人間的なモラルも無いが、そこにある種の自由さを感じるとともに異質な者の持つ薄気味悪さも感じる。 本作で鬼太郎がもつ不思議な力とはあの世とこの世の境界を自由に行き来する能力なのだが、それは作者自身の生と死のぎりぎりの境を生き残った体験から得た人間の生の本質なのかもしれない。読者も作者のメッセージを無意識に受け取り、生者の世界でいぎたなく振る舞う鬼太郎ねずみ男の姿に胸すき喝采をおくるのである。
読了日:7月16日 著者:水木しげる
もう年はとれない (創元推理文庫)もう年はとれない (創元推理文庫)感想
認知症の兆候、体力の衰え、伴侶の健康、生計、そして過去……「老い」とはそうした不安に常に晒されることである。シャッツは金塊を追うことで過去を精算し将来の不安にいくばくかの安寧を得ようとする。しばしば真実=老いに向き合ってないと批判されるがシャッツは頑なまでに己を変えない。本作の結末で読者はすべてを文字通り吹き飛ばすシーンを目にする。それがたとえ一時的なものに過ぎないとしてもそこに彼の真実があり、彼なりの人生の向き合い方だからである。主人公同様に年をとらざるを得ない我々読者もしばしそれを忘れさせてくれる。
読了日:7月16日 著者:ダニエル・フリードマン
アイヌ学入門 (講談社現代新書)アイヌ学入門 (講談社現代新書)感想
アイヌは白人それともアジア人?本州のアイヌ語地名はいつ誰がつけたの?東北のエミシ(蝦夷)はアイヌと同じ民族?アイヌはなぜ鮭や毛皮をとるだけで農業をしなかったの?アイヌはお金の価値がわからなかったのは本当?アイヌ語は日本語の方言が変化したもの?コロボックルの正体は何?イヨマンテ(クマまつり)の起源は?…これら諸々の疑問が解けるとともに北東アジアの歴史や文化について知見が広がる。文化は固有であっても決して孤立して存在するのではなく周辺文化とダイナミックに交流する過程で常に変化していくものなのだ。
読了日:7月15日 著者:瀬川拓郎
ゲルマニア (集英社文庫)ゲルマニア (集英社文庫)感想
1944年ドイツ帝国の首都ベルリン、ユダヤ人の元殺人課刑事オッペンハイマーはいつ何時連行されるかもしれない恐怖にドイツ人の妻とおびえる日々を過ごしていた。ある夜連行され猟奇殺人の遺体発見現場を目にする。彼はその経歴を買われSS大尉フォーグラーの下犯人を追う。…彼は命の危機に晒されながらも目前の事件を追うことを決してやめない。すでに刑事でなくなった時点で彼は緩慢に死に向かいつつあったのではないか。だからこそ犯人を追い己を取り戻していく彼に—それが一時の安寧であっても—希望を見い出さずにはいられないのである。
読了日:7月14日 著者:ハラルトギルバース
モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)感想
美術作品はそのまま予備知識なし鑑賞し楽しむ方法と歴史的背景を含めて画家の意図を理解する方法があると思うが本作は後者。タイトルに「美術史」とあるが歴史的な作風の移り変わりよりもそこに描かれる物や生き物=〈モチーフ〉が何を象徴しているかを解説する一種の事典といえる。鑑賞するだけに満足できなくなった人にとっては世界が広がると思う。カラー図版が豊富に収録されているわりには価格を抑えているのは良い。
読了日:7月11日 著者:宮下規久朗
闇の鶯 (KCデラックス 文芸第三出版)闇の鶯 (KCデラックス 文芸第三出版)感想
短編集「それは時には少女となりて」大島くんと渚が登場する〈粟木町〉もの。「六福神」や「帰還」(『妖怪ハンター水の巻』収録)と異なり大島くんが異界に引かれる。「人魚の記憶」結末が怖い。「描き損じのある妖怪絵巻」は稗田が登場、ムック企画作品とのことだが、他エピソードにない新鮮な雰囲気。表題作「闇の鶯」は山奥の土地を守る山姥とハッカー少年がパソコンを駆使して戦うという奇想天外な物語だが妙にユーモラスな側面も。「涸れ川」は初期作品の雰囲気をもつSFテイストを持った幻想譚。
読了日:7月10日 著者:諸星大二郎
諸星大二郎 『妖怪ハンター』異界への旅 (太陽の地図帖)諸星大二郎 『妖怪ハンター』異界への旅 (太陽の地図帖)感想
著者による南信州の奇祭の取材ルポと新作をメインにすえた〈妖怪ハンター〉シリーズ副読本。舞台探訪や装飾古墳や鳥居といった作中で用いられるモチーフの写真入り解説、さらには全28エピソードの作者コメントと60ページあまりに充実の内容で同作ファンは必携。インタビューでは「妖怪ハンター」のタイトルが好まなかった理由や主人公を民俗学者ではなく考古学者とした経緯など創作の秘密も明らかに。書き下ろし「雪の祭」稗田と随行記者が山奥の村に伝わる祭を取材するもので、実際のルポとリンクし入れ子構造を成すのがおもしろい。
読了日:7月10日 著者:
スチームパンク・バイブル (ShoPro Books)スチームパンク・バイブル (ShoPro Books)感想
SF・ファンタジー小説サブジャンルとして起こり、今や映像作品やコミック、アート、ファッションに広がる〈スチームパンク〉を豊富な図版で紹介する。その名称の元ネタである〈サイバーパンク〉同様に80年代に起こった運動としてではなくポーやヴェルヌの作品や挿絵、19世紀に想像された未来像の延長線上に位置づける点は重要と感じる。映像作品の紹介では日本の作品も『ハウルの動く城』は手放し絶賛、国内では低評価『CASSHERN』もそこそこ、ハリウッド産『ワイルド・ワイルド・ウエスト』は支離滅裂と酷評しているのは面白い。
読了日:7月10日 著者:ジェフ・ヴァンダミア,S・J・チャンバース
AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)感想
何かと話題の人工知能(AI)について機械学習/ディープラーニングの技術や、ロボットや自動運転などその応用領域をわかりやすく概観する。タイトルや見出しは鬼面人を威すが内容は堅実でとりあえず知りたいという人は1章の概論、2章のAI開発の歴史と技術的背景を読み、興味ある分野についてより専門的な書籍にあたれば良いだろう。シンギュラリティのような荒唐無稽な話に寄りかからない内容は好感がもてる。電王戦やDARPAロボティクスチャレンジ、ペッパー、インダストリー4.0、コンピュータによる作曲などトピックは豊富。
読了日:7月8日 著者:小林雅一
スター・ウォーズ ターキン 下 (ヴィレッジブックス)スター・ウォーズ ターキン 下 (ヴィレッジブックス)感想
上巻は銀河帝国の秩序に挑戦する謎の敵を示唆しつつもターキンの少年時代や惑星コルサントでの皇帝とのやりとりに紙幅を割き、もどかしい思いもしたが、下巻冒頭で早くも〈キャリオン・スパイク〉を奪った反体制派の正体が明らかになり物語も加速する。ターキンはその距離を測り難いベイダーとコンビを組み奪われた船を追跡するのだが、犯罪組織から接収した船に乗り込み操縦する様子はまるでハン・ソロ船長とチュー・バッカを思わせる。実行犯の正体と隠された動機に迫る過程はミステリ仕立てなのも退屈しない。
読了日:7月7日 著者:ジェームズ・ルシーノ
スター・ウォーズ ターキン 上 (ヴィレッジブックス)スター・ウォーズ ターキン 上 (ヴィレッジブックス)感想
〈エピソード4〉においてデス・スター司令官としてダース・ベイダーに負けぬ存在感を残したモフ・ターキン。本作は彼がどのような生い立ちを経て銀河帝国の総督〈モフ〉に至り、そこからどのようにしてその頂点に立つ〈グランド・モフ〉となったのかを描く。とメインストーリーはおいても〈帝国の逆襲〉にも登場した瞑想室を船に持ち込む際にぶつけられ、ベイダーが部下のトルーパーに怒るシーンがあったり、銀河皇帝がベイダーとターキンの二人の連携を強めようとあれこれ気にかけるのが妙にほほえましい。
読了日:7月5日 著者:ジェームズ・ルシーノ
美森まんじゃしろのサオリさん美森まんじゃしろのサオリさん感想
伝奇仕立ての連作ミステリ、舞台となる近未来(おそらく2025年頃だろう)を都市ではなく田舎とするのは新鮮だ。生き方に不器用な男性主人公に謎めいたお姉さんというコンビはよくあるパターンだが、土地神に絡めた「怪事件」を解決するたびに二人の仲が少しずつ接近していき詐織の頑なな心もほぐれていくのはほほえましい。難を言えば性格も素性も異なる二人が「町立探偵」となった動機づけ、猛志は詐織に惹かれているものの流されるまま行動をともにする姿は説得力を欠く。連載作品の制約にせよ単行本化の際に補完してほしかったところだ。
読了日:7月3日 著者:小川一水

読書メーター

2015年6月に読んだ本

やや世知辛い話になるが、四六版単行本というのは価格がそこそこする分その満足度のハードルも高くなる。

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』はかけた時間とお金以上の読書体験ができた。一般の読者にとって読むということはどういうことを意味するかを、この作家が深く理解しているからだろう。

若竹七海の〈探偵・葉村晶〉シリーズはおもしろく一気に読んだ。各タイトルの発表間隔が5年以上空いていて作品時間が現実と連動しているので、ネットや携帯電話、カメラなどハイテク機器が時代を表していて興味深く、内容もサイコサスペンス調あり名探偵が登場する本格調もあり、正統ハードボイルドありと時代時代の変遷が見れ取れる。

2015年6月の読書メーター
読んだ本の数:10冊
読んだページ数:3873ページ
ナイス数:123ナイス

アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ文庫)アデスタを吹く冷たい風 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
地中海に面しジェネラルが統治する軍事独裁国家を舞台に一癖もふた癖もある憲兵少佐がときに探偵役となって事件に挑む。 最後にあっと言わせる「良心の問題」と「獅子のたてがみ」が甲乙つけがたくベスト。「うまくいったわね」はロアルド・ダールの短編を彷彿とさせる。近世イタリアを舞台に密室犯罪と権謀術数の駆け引きが面白い時代ミステリ「玉を懐いて罪あり」も。
読了日:6月30日 著者:トマス・フラナガン,宇野利泰(訳)
忘れられた巨人忘れられた巨人感想
霧が立ち込め人々の記憶を奪う古のイングランド。アクセルとベアトリスの老夫婦は長く暮らした穴倉の村を離れ遠くに暮らしている息子のもとへと旅立つ。ファンタジーということでトールキン作品との相同は何箇所も見つけられたがその元ネタであるケルト神話方面には疎いので作中のモチーフが何を意味するかわからなかった点も(縛られた乙女、川下りの試練、黒後家とは?) 老夫婦の互いを気にかける姿は胸をうち、長く連れ添った人の間に通じる会話のテンポも素晴らしいが。最後のシーンはやはりギリシア神話のオルペウスの暗喩だろうか。
読了日:6月23日 著者:カズオイシグロ,KazuoIshiguro
水底の棘 法医昆虫学捜査官水底の棘 法医昆虫学捜査官
読了日:6月17日 著者:川瀬七緒
シンクロニシティ 法医昆虫学捜査官シンクロニシティ 法医昆虫学捜査官
読了日:6月16日 著者:川瀬七緒
紅霞後宮物語 (富士見L文庫)紅霞後宮物語 (富士見L文庫)感想
舞台は中華を彷彿とさせる帝国。主人公は三十路を過ぎた女将軍、……だったが突如後宮入りすることに。元同僚のイケメンがあれよあれよというまに皇位を継承してしまい、戦乱が治まり出世のチャンスも無いだろうと誘ってきたというのが面白い。一見ロマンス色多めのファンタジーだが、二人の関係がなかなか接近しないのは、よくありがちな互いにうぶだからという訳ではなく、大人の男女らしい理由なのはやるせない。一見のんびりと過ぎ去る後宮の日々を描くと思いきや、事件勃発とともに宮殿の外へと場面を移しその非情な結末にも驚かされる。
読了日:6月13日 著者:雪村花菜
さよならの手口 (文春文庫)さよならの手口 (文春文庫)
読了日:6月13日 著者:若竹七海
悪いうさぎ (文春文庫)悪いうさぎ (文春文庫)
読了日:6月11日 著者:若竹七海
足摺り水族館足摺り水族館感想
著者の(商業)第一作品集。後の作品の原型がこの作品集に多く見られる。表題作や「完全商店街」は後の作品の多くに見られる探索&迷いもの。「計算機のこころ」や「TAKUAN DREAM」(『蟹に誘われて』収録)に通じる道具もの「マシン時代の動物たち」、「大山椒魚事件」(同)や傑作「ニューフィッシュ」(『枕魚』収録)と同じく「君の魚」は航海冒険譚。フランスを舞台とする「冥途」と異様なタッチの「イノセントワールド」は他の作品に見られない独特の雰囲気をもち、前者は奇妙な時間感覚が印象に残りフランスパンが食べたくなる
読了日:6月10日 著者:panpanya
依頼人は死んだ (文春文庫)依頼人は死んだ (文春文庫)
読了日:6月9日 著者:若竹七海
エラスムスの迷宮 (ハヤカワ文庫SF)エラスムスの迷宮 (ハヤカワ文庫SF)感想
テレーズは長い除隊生活から復帰し地球統一政府守護隊員としてエラスムス星系に派遣される。そこでは創建者の一族からなる上流階級が水の供給をコントロールすることで大多数の年季奉公人を〈負債奴隷〉として支配する社会を築いていた。テレーズは彼女の元上官で友人のビアンカの不審死と、星系で何が起こっているか調査を始めるが…。別名義での長編と同様、豊富な背景設定で状況把握に苦労するが、ミステリ仕立ての本作ではそれが若干プラスにはたらいている。とくに後半部での誰が信用できるかわからない現実崩壊感覚は巧い。P・K・ディック賞
読了日:6月8日 著者:C.L.アンダースン

読書メーター

2015年5月に読んだ本

もう6月も終わりなのに5月も無いが、感想を投稿するのをサボっていたのであわてて仕上げた次第。

当月の新刊は『ジーンウルフの記念日の本』一冊。いろいろ深読みもできるが異色作家短編集のような「奇妙な味」に連なる作品として読んだ。

『クリスタル・レイン』『天空のリング』はあまり取り上げられることのないSF作品だが、こうした翻訳SFの主流からちょっと外れた、昔懐かしい冒険SFを今風にアップデートした作品も良い。

 

2015年5月の読書メーター
読んだ本の数:15冊
読んだページ数:5379ページ
ナイス数:847ナイス

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)天空のリング (ハヤカワ文庫SF)感想
機械と人類で構成される〈共同体〉の〈大移住〉後の混乱から回復した地球は〈統制府〉によって統一。遺伝子操作された複数の人間が一つの人格として行動する〈ポッド〉テクノロジーによって支えられていた。 フェロモンによるコミュニケーションと記憶共有によって5人の男女が統合された〈集合体〉が主人公。といっても超人格のようなものが存在するわけでなく、他人に対しては一人として振る舞うが自身はあくまで個性あるメンバーとして描かれる。この設定のため前半は描写がややゆっくりでテンポが悪いが後半は一気に読ませる。
読了日:5月31日 著者:ポールメルコ
プレゼント (中公文庫)プレゼント (中公文庫)感想
2人の主人公によるエピソードが交互に収録された短編集。フリーター葉村晶は行くところ事件に巻き込まれつつも探偵さながらの執着で真相に迫る。一方小林警部補は、刑事コロンボを彷彿とさせる飄々とした語り口で倒叙トリックに挑む。最終話では両者のエピソードがつながる趣向。どちらかといえば葉村晶、その切れ味鋭い人物評も「ロバの穴」にようなバブル崩壊後当時のすさんだ社会の描写もリアル。 名探偵が事件関係者を集める趣向が意外な結末を迎える「プレゼント」、葉村自身がトラブルに巻き込まれる「トラブル・メイカー」の2つをあげる。
読了日:5月29日 著者:若竹七海
泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF レ 1-11)泰平ヨンの航星日記〔改訳版〕 (ハヤカワ文庫 SF レ 1-11)感想
奇妙な名前の宇宙旅行家を主人公とする短編集。意思をもったコンピュータが支配する珍妙なロボット社会で最後に明らかになる正体に驚嘆する「第11回の旅」、天災の備えとして人体複写が普通になった社会でのアイデンティティの揺らぎに空恐ろしさを感じる「第14回の旅」、時間移動による人類の改良計画が官僚主義の無責任と怠惰により滅茶苦茶になる「第20回の旅」は他に類の無い傑作。『短篇ベスト10』にも収録され評価の高い「第21回の旅」は今風に言えばポスト・ヒューマンものだろうか着眼点は良いものの長過ぎて読むのに難儀した。
読了日:5月26日 著者:スタニスワフ・レム
クリスタル・レイン (ハヤカワ文庫SF)クリスタル・レイン (ハヤカワ文庫SF)感想
孤立した植民惑星上に築かれたスチームパンク的テクノロジーをもつ世界を舞台とする冒険SF。おもな舞台となる世界がカリブ海地域の文化を継承していたり、人類の隷属化をもくろむ異星人が支配する帝国がアステカ文明を模倣しているのは斬新。過去の記憶を失っているが家族を愛するジョン、帝国の侵略から人々を守るべく奔走する女首相ディハナと彼女を支えるハイダン将軍、空から落ちてきた戦闘サイボーグのペッパー、ジョンと行動をともにする敵のスパイだがなぜか憎めないオアシクトルと主要登場人物だけでも多彩で生き生きとしている。
読了日:5月25日 著者:トバイアスSバッケル
第二の地球を探せ!  「太陽系外惑星天文学」入門 (光文社新書)第二の地球を探せ! 「太陽系外惑星天文学」入門 (光文社新書)感想
太陽系外の惑星は近いものでも地球から数十光年の彼方にあり、20年ほど前まで望遠鏡等の光学観測を用いて見つけることはできないと考えられてきた。それが〈補償光学〉で地球大気の影響を補正し〈ドップラー法〉や〈トランジット法〉などの間接法を駆使すれば、地上の望遠鏡からでも太陽系外の惑星を探すことが可能となる。のみならずそこに生物の住む可能性について手がかりを得ることができるという。天文学の中でもこの20年ほどめざましい成果をあげてきた分野の第一人者による一般向け解説書。豊富な図版と巻末索引もgood
読了日:5月21日 著者:田村元秀
ジーン・ウルフの記念日の本 (未来の文学)ジーン・ウルフの記念日の本 (未来の文学)感想
アメリカの記念日(祝祭日)になぞらえた18の短編。翻訳を読む限りとくに技巧を凝らした文体というわけではなく物語描写も平易で最初はするっと頭に入ってくるが、読み進めるうちに次第に違和感が増していき……最後は唐突に終わり煙にまかれたような気分に。これが作者の持ち味。大半が1970年代に発表されたものだが、どこか50年代の短編を思わせる懐かしさもあり、他の誰の作品にも似ていないものあり、少なくとも作者にとっては同時代性は重要なものではないのだろう。
読了日:5月21日 著者:ジーン・ウルフ
蟹に誘われて蟹に誘われて感想
先に『枕魚』を読んだが、この『蟹に誘われて』も作品のモチーフに共通点が多く双子のよう。例をあげると「アルバイトでの不思議な体験」「船に乗って出かける」「異界に迷い込むが動物に案内され目的を果たす」「目的不明の機械」といったところか。ストーリーの整合性やカタルシスよりもリアルなのに幻想的な画と夢の中のような物語の調和を楽しむべき作品。「大山椒魚事件」で抱えられたサンショウウオや、「計算機のこころ」でイルカの計算機がリーマン予想を解きながら「うーん」と唸っている様子が記憶に残る。
読了日:5月12日 著者:panpanya
オニクジョ (ヤングジャンプコミックス)オニクジョ (ヤングジャンプコミックス)感想
京都の大学に通う主人公。そのアパートの部屋に現れたのは「畳オニ」、これに隣人の謎の女子高生が関わってきて—— 敢えてジャンルづけするなら伝奇モノだろうか。どこか懐かしさを感じさせる独特なタッチの絵、幻想的な世界観に不気味かわいいクリーチャー、戦うセーラー服、そして毒を含んだ物語展開は著者の作品に共通するもの。連作形式とはいうものの短編作品でこそ真価を発揮する作家とあらためて思う。「金属のキミへ」は新鮮、こういうのも良いね。
読了日:5月10日 著者:阿部洋一
くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)感想
暗闇がなぜ光より速いかと言えば暗闇は光より先にそこに行きついているからだ—— 主人公ルウは自閉症者だが、各種訓練を経て自立している。彼の職場に未治験の治療法が導入されることになり…。 自閉症は治療すべき障がいなのか、社会に十分適応できるならそれは個性程度のものではないかという中盤までの理解はそれも非〈自閉症者〉から見た押しつけなのではないかと揺らぐ。作中のイエスの〈池のほとりの病人〉のエピソードはひとつの解答である。普通小説のスタイルをとっているが異質な世界を体験するという意味で本作はSFなのである。
読了日:5月7日 著者:エリザベス・ムーン
シロガラス 3 ただいま稽古中シロガラス 3 ただいま稽古中感想
超常的な体験、そこで告げられた能力の秘密に少年少女たちは大いに戸惑いながらも少しずつ動き出す。能力と向き合っていくことで6人の少年少女の内面に変化が生じ秘密を共有することで彼らの関係が変化してゆく。そうした過程の物語自体が魅力的で一気に読めるが、伏線があまり明示されず基本的に直線的なプロットであることにやや退屈も感じる。だがそうした新たな関係性の構築を経て最後に再び提示される衝撃的事実と新たな謎の数々が今後の展開を期待させ興味は尽きない。
読了日:5月5日 著者:佐藤多佳子
ポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniereポム・プリゾニエール La Pomme Prisonniere感想
猫、水辺のある風景、そしてスレンダーな女性を描くことでは右に出るものがいない鶴田謙二の最新作。……全編ほとんど裸なのは躍動感溢れる身体の美しさをより表現できるようにですよ? 水中や寝っ転がった姿勢で変幻自在の二つのおっぱいがただただ素晴らしい。眼鏡っ子の裸ももちろん素晴らしい。
読了日:5月5日 著者:鶴田謙二
あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)感想
「バビロンの塔」何度読んでも素晴らしい作品。天にそびえる塔とその社会はまるで目に浮かぶようだ/「理解」思考の仮想機械化とプログラミング。身振りと超越言語による戦い/「ゼロで割る」最先端科学はしばしば一般人の直観的理解を超えるがそれを逆手にとり世界が転倒するような事実に直面した数学者の孤独を描く/「あなたの人生の物語」言語はそれぞれの世界観や思考のあり方を規定するが、それが時間感覚にまで及ぶとどうなるか。異星人とのファーストコンタクト物語にとどまらずそれを通じて変容する個人の物語であることが著者らしい→
読了日:5月5日 著者:テッド・チャン
シロガラス(2)めざめシロガラス(2)めざめ感想
白烏神社の星明石に触れ失神した少年少女たち。それ以来彼らの周りで不思議な現象が起こるが…。副題のとおり「めざめ」に対し登場人物たちの各人各様の内面性が深掘りされていく。子供達が一様にそれをどう扱ってよいかわからず動揺する様子から、この「能力」というのは成長のメタファーなのだと気づいた。
読了日:5月4日 著者:佐藤多佳子
シロガラス 1パワー・ストーンシロガラス 1パワー・ストーン感想
白烏神社の神事である子ども神楽、その担い手として神社で生まれ育った千里や星司に、新たに礼生たち4人の同級生が加わることに——児童文学としては(おそらく)珍しい大人を含め多数の視点で語られる群像劇。性格も学校での立ち位置も各人各様の6人の少年少女たちは単純によい子でも無くかといって悪い子でも無い普通のしかし個性のある子供たちとしてよく描かれている。本作ではやや丁寧過ぎると感じられるほど彼らの日常が描かれるが、それは大きく変化すると思われる今後の物語に必要な過程なのだろう。
読了日:5月3日 著者:佐藤多佳子
隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)感想
国際アンデルセン賞を受賞した児童文学作家、また本屋大賞の異世界ファンタジー『鹿の王』の作者として知られる著者の文化人類学者としての「もうひとつの顔」がよくわかる一作。 アボリジニはオーストラリアの先住民、著者は北部やエアーズロックで有名な内陸部に住む自然に根ざした伝統的な風習を守る人々ではなく、町に暮らす「隣の」人々に取材する。そこで語られるのは差別による苦難の歴史であり祖先からの伝統を次第に失っていく姿でもあり、西欧人が持ち込んだ生活に適応しつつも祖先伝来の地縁血縁によって異なる世界に生きる姿でもある。
読了日:5月1日 著者:上橋菜穂子

読書メーター

吉川優子の涙が意味するもの 〜響け!ユーフォニアム #11 「おかえりオーディション」より

顧問の滝とトランペットの高坂麗奈の父親同士が友人ということで滝のオーディションの評価に不信が広まり、コンクールを控えた部内の雰囲気が悪化する。
滝はオーディションの結果に不満のある者を対象にもう一度オーディションを行うことを部員に告げる。麗奈と結果に満足しない中世古香織はソロリードを巡り再びオーディションに臨むことに。

anime-eupho.com

オーディション結果に関する噂を流したり、過剰に香織に心酔する吉川優子。彼女に対するこれまでの視聴者の評価は、比較的ハードな展開のある物語の緩急に必要な悪役か、あるいは上級生につきまとうホモソーシャル的(ポリティカルコレクトレスを恐れずに言えば「女子校的な」と言っても良い)な「こじらせキャラ」といったものだろう。あの馬鹿馬鹿しく見える大きなリボンと女子を戯画化したかのようなキャラクターも含めて、私もこれまではそう思っていた。

 

本エピソードの中盤、優子は麗奈に対して中世古に最後のチャンスを与えて欲しいと頭を下げる。まがりなりにも吹奏楽をやっていれば演奏の善し悪しはわかるだろうし、実力の世界ということも承知であるだろう。ある意味なりふり構わない行為であり、その意味では(本人は無自覚であったにせよ)悪い噂を流し誹謗中傷するというのも同様であった。

 

しかし考えてみてほしい。とくに大きな目標や展望もなく学校生活を過ごす「普通の」高校生にとって、自ら憧れる存在(理想の姿といっても良い)を見いだし心酔するという体験の意味を。人生の短い一時期にそうした一生の体験にも相当する出会いがある人は実際そう多くは無いだろう。

 

優子にとり理想像(=香織)を中心とする完璧な世界、それが突如入ってきた侵入者——優子から見た麗奈はそのような存在だろう——によって揺らぎ、香織が「不当な扱い」を受けることは香織に重ねた自己のアイデンティティーに関わる危機となる。
終盤で香織がオーディションの結果を受け入れ(優子の意思に反し)麗奈がソロを吹くことに同意すると、優子は人目をはばからず声をあげ泣く。それは香織を中心にまわる衛星としての自分、他者を理想像として重ねる自分との決別にほかならない。